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宿命を さだめと詠みし 八重桜

 投稿者:澄泉水  投稿日:2014年 4月 8日(火)16時39分37秒
返信・引用 編集済
  拝啓
午後ののどかな光が桜花を照らし心温めるの頃、我が同級生の皆様も五十半ばも過ぎそろそろ人生街道の帰り仕度、人生劇場の終い仕度が朧げに頭に浮かぶ昨今、一日一生と言ふ いにしえ人の言の葉を胸に刻みながら愛でる桜花は見事なまでに美しい。
風雪に耐え抜いて咲いた桜が心ない春の嵐や雨に散るのが我が日本人の感性に響き、人生の無常を思わせ、知らぬ間に一瞬の儚い美に来し方を投影させているのかも知れない。
窓外の路傍に咲く桜に目をやりながら、ふと三年前、走り回った北関東から東北を思ふ。
大阪の桜は満開を迎えていたが三春の千年滝桜は未だ蕾みのままだった三年前の今日、
ちょうど今頃は磐越道から新潟を回り永遠に続くような高速道を走っていたであろうかと…

福島三春の今にも星が降り落つように見えた旧友の住処から仰いだ残雪と同じく蒼茫に輝く満天の夜空…
いわき共立病院、石巻港湾病院…
生来の無鉄砲、無謀さから自衛隊車、隊員しか在い地域に入って戻れぬようになった事、私が親父と慕う我が社長の生涯の友の終の住処、野蒜に迷いこみ避難所となっていた宮戸小学校に辿り着き、校庭のブランコで話した少女たちとのひととき、東松島のお菓子屋さん、パンジーの頑固ながら心ある御主人は元気にされてるだろうか。
各地から来てた皆さんと休憩時間に一緒に写した写真は残ってるのだろうか。
あの時の「今」が過去となり妙に懐かしく思うようになった昨今、あの時は欲しくなかった、あの写真が無性に欲しくなる。
泥出しや瓦礫撤去に伺った宅の皆さんもお元気にされてるだろうか。
励ましに、応援に行ったつもりがいつも励まされていた私。
東北に思いを馳せると様々な事が去来し、今の自身を考えると忸怩たる思いにかられる。
継続は力と思いながら、又、少しでも復活した東北を観たいと再訪を誓いながらも二年と半年の月日が流れた。
予算がおりても現実にはほとんど使われていないといふ訳の理解らぬ政治の下の復興予算で復興、復旧は進んでるのだろうか。
「さるものは日々に疎し」とは言うけれどもわたくし含め、己の自分ごとだけに日々追われる生活に疑問を感じぬようになっている現在の世に一抹の寂しさを覚えると同時に幻滅をも強く感じるのは私だけだろうか。

かくいうわたくしも二十代から三十代は目的がお金、すなわち自身や自身の周囲に費やすためだけの私のお金を追いかけることに狂奔した。
バブルと言ふ異常な時代の背景もあるだろうが三島の嘆いた戦後レジウム、アメリカ従属にて進められた教育や社会が今のこうした人心の荒廃を生んだのだろう。
その間に政治屋でなかった、東京オリンプック招致の立役者、猪瀬氏が枝葉末節事で失脚。
プロの渡辺喜美氏は江田氏との軋轢から因果が巡り足元を掬われて代表辞任。
昨日、小保方さんをこれ以上になく持ち上げ褒めそやしていたと横目で観ていると今日は研究論文だけでなく人格までも全否定、まだうら若い、しかも女性ではないか…
理研もマスメディアも節操もないが弱いもの苛めに他ならない。
他のお偉いさん方は一切、顔も出さずだがマスメディアはどうしてそこは追及しないのか。
都知事選の舛添氏、自民幹部然り、日本人はいつの日からこう節操がなくなってしまったのか。
節義なる言の葉は有名無実となり…

本当にいろいろな生き方があるものと関心する。

いろいろな目も口もあるのが此の世の中、わたくしの周りにも少なからず若手が出入りし交流がある。
公に生きんがために必死で自身を律して生きる青年、己の個から派生したミクロな世界で自身の煩悩に沈み込んでしまい生きる青年…
いや若者だけではない。同級、同輩も十人十色
私ごとき老いた素浪人に何もいう事はないのだが古来より我が日本といふ国は虚栄でなく衿持を持つ若い人々が自分との葛藤の末、己の個に私に打ち勝ち、これ以上にない背伸びをした存在の上で存続してきた。
過日、毎度の事ながら生来、中身の無いプライドと意地だけで生きて来たわたくしは懲りもせず又その意地から窮地に陥った。
自身ではどうしようもなく、いつものごとく幼稚園から一緒で五十年来の無二の親友、Kに電話した。
これもいつもの事ながらKは内容も詳細も皆まで言うまでもなく二つ返事で快諾してくれる。
当然、わたくしの人生もKの人生も晴れた日ばかりでなく雨どころか嵐のような時が多くあったが、取り分けKは生涯、敬愛し続けた御尊父を先日身送ったところだ。
心の傷の癒えぬ三月の下旬、己を顧みずわたくしに尽くしてくれた。

何故ここまで出来るのだろうかと心配になるほど瘦せ我慢をして「武士は食わねど高楊枝」を地で行く最高の男前だ。
わたくし自身、このKに人生の窮地を幾度助けて貰ったことか。
比して高校の同級に比較的に近い知人が居る。
同級生の中では比較的に良く時間を共有するのでついつい本当に小事を依頼する事がある。
良く言えばKと真逆の正反対で慎重、皆までどころか詳細や気になる事を事細かに問うてくる。
わたくしも途中で辟易してくるが一応、質問に答える。
最後は「出来んが為」の理由や状況を並べ立てる。
口では親友だの友人だのと言いながら単なる知り合いなんだと毎回思い知らされ嫌な思いが残る。
素浪人のわたくしは友とは商談はしないことにしているが、B君とのやり取りは商談以外の何ものでもなく気持ちが伏せ気分が落ちる。
わたくしは浪人を自認しているように商人ではない。
条件を出されれば乗るか受けるか降りるか断るかで条件を値切って叩いて変えようとは思わない。
早くに家を出て親の庇護を失って他人様の骨のある茶碗で長く生きて来た私は、それがいかに卑しくいじましいかを身を持って知らされてきたからだ。
粗と野は諒だが卑といじましいのは頂けない。
卑といじましさは何かへの異常な執着に起因すると思えるからだ。
男女の仲にも別れはあるし、お金との別れもある。
「花に嵐のたとえもあるぞ さよならだけが人生だ」は井伏鱒二氏の漢詩訳だが桜の美しさはその潔さに対する日本人の情念なのかも知れない。
幸か不幸かわたくしは幼少の頃より身体に「花は桜木 人は武士」「敷島の大和心を人問わば朝日に匂う山桜かな」を擦り込まれた。
「常なるものはなし」いわゆる無常感は勿論あるのだが全てのものとの別れ、訣別にも諦観するように亡き母に擦り込まれた。
人生の最終に対峙する死、自身との別れは運命でも宿命でもなく絶対確実なものなのだ。
してみると、どうせ別離の来るものなら桜の如くと思うのはわたくしだけであろうか。

その別れ離れねばならない物や物事に執着し過ぎるからそういう連中は女々しくなる。
女性に女々しいは褒め言葉だが男にはいかがなものか。
この齢になりながら不動産は勿論、有形無形何ひとつ残せず唯一ガタガタの身しかないワタクシの僻みではないが身体ひとつ投げ出す心もあるはずで…

わたくしは殊の外、義という言の葉が好きだ。
義理、恩義、節義、正義、仁義…
誠と義が男の幅と奥行きだとさえ思っている。

三十過ぎ、わたくしは人生、自分の個、私の為に狂奔していた。
金銭や学歴、いわゆる高さだけが男の器量と思っていたからだが…
今振り返ると冷や汗が零れ落ちる。
成金、成権のアメリカではない我が国日本では人がお金を儲けるのは困った人達を助け応援、支援したり…
自身やその家族でなく公のためといふ目的を為さん手段ではないのだろうか。
男の器量なるものは幾ら稼いだでなく、どれだけのお金や幾時間を自分以外に使ったかではないだろうか。
原発問題に於いて細川さんや小泉元総理のように邪や打算がありありと観えるでなく、若いとはいえ八面六臂の活躍、東北の隅々にまで心が行き届きひたむきに生きる我が国の新しい風、旗手、小泉進次郎君
明治維新は三十そこそこの人達のエネルギーの爆発で成された。
昭和維新も夢叶わなかったとは云え、やはり若い青年たちの力が時の権力を震撼させ怖れさせた。
若さには義や誠に対するひたむきさがある。
その「ひたむきさ」が美しく心を打つ。
今の時代、その「ひたむきさ」が残念ながら偏差値と金銭にだけ向きすぎているように思える。

偶にして我が親友Kは東住工業卒業し日産に就職、青年期を遠く離れた小泉進次郎君の選挙区、横須賀で過ごした。
わたくしは反小泉純一郎だが小泉進次郎君は好感が持てる好漢、親小泉進次郎君だ。
小泉進次郎君ガンバレ!

小泉進次郎君の次の世代、三十年後、五十年後の日本の舵を取るであろう少年たちの新しい生活、人生が今日から始まった。
人の一生は宿命であろう選べぬ親、親族を除いて知識でなく世の何たるかを教え育む教師との出会いはほとんどが運命のように思える。
世に出て行く以上は生みの親より育ての親、すなわち教師たるものの責任の重大さは大変なもので教職の身にある方々には心して貰いたいものである。
礼儀作法、立居振舞い、所作から人との接し方、思いやりや気遣いに至るまでを実践、身につけていくところでもある。
勉強ばかり、知識、偏差値ばかりの高さだけを求めて何になるのか。
人間が卑しくいじましくなるだけである。
目の前の他人の窮地を横目で見て知らぬ顔をして通り過ぎ、いつの間にか自分を傍観者として当事者を論評する日本人らしからぬ人種…
政策と机上の空論の大好きな高さだけの人間の噂はこの一年、とんと聞かなくなった。
そもそも戦後の塾などといふものは人間の幅も奥行きも無視し高さだけに偏狭したロクなものではないし、それに関わる人間にもロクな人間が居ないといふのが浪人のわたくしの自説で
大西郷を例に出すまでもなく人間といふ生き物は縦×横×高さの体積=器で決まると思っている。

その現在、日本で軽視されている幅や奥行きを最初に作るのは学校といふ空間であり、
わたくしのような高さのほとんどゼロに近い人間がどうにかこうにか、この齢まで生きて来れたのは高校時、慈父と思へる師から心をいっぱい貰い社会に出て後は師父である社長に心を頂き見守って貰い、いつもながらこんな私を近くで有形無形、応援してくれる高校時代からの一つ先輩Nさん、人生の要所に於いてKや同級生Uのような心友から掛け値なしの心を貰いながら少しでも幅や奥行きを作って頂き今を生かされて生きているのかも知れない。
五島先生、Nさん、K、Uそして親父さん、わたくしの周囲に在す他の皆さん、ありがとう。
お蔭さまでわたくしは現在も生かされてます。

ひとつ残念なことは体積の中心を為す高さが当の本人のわたくしにはゼロゆえ何を掛け合わせてもゼロになってしまうという…
そこは自業自得とこの年になり得心している次第。
先般、二年ぶりに義の心を観せてくれた同級生のN君ありがとう。

急に先生の顔が見たくなった今日、久しぶりながら相変らずの脈絡の無い文章つれづれなるままに失敬

みやときょう
はるかぜのなか
やえにさく
よざくらてらす
つきのこいしき

くろかみの
ながきむすめの
しろむくに
さくらのそまりて
におひつるけふ

とおきひの みむろさくらや  しのこころ   東月心詠

皆様に感謝しつつ
すめらみこと いやさか
 
 

(無題)

 投稿者:まえだちゅう  投稿日:2013年 9月26日(木)13時21分0秒
返信・引用
  「第3回 東住吉高校20期同窓会」のご案内
----------
開催詳細のご連絡が遅くなりましたこと、お詫び申し上げます。

詳細につきましては、20期生HPまたは、下記をご覧いただきましようお願いいたします。
〈20期HP〉
 http://hihiob.net/20th/
〈開催案内〉
 http://hihiob.net/131019-20th_3rd.pdf
または、
 http://hihiob.net/131019-20th_3rd.txt

【開催概略】
★参加連絡、キャンセルについては、開催詳細をお読みください。
日時
 2013年10月19日(土)
 18時受付 18時半開宴(~20時半)
会場
 心斎橋・大成閣
会費
 6,000円(当日徴収)
出欠
 10月5日(土)まで
 ※会場都合により必ずお知らせください

★郵送案内も同様書式のため、ネット確認頂けた場合、郵送不要の旨ご連絡いただければ幸いです。


================================
前田 忠昭
(東住吉高20期・ラグビー部OB会)
================================
 

20期全体同窓会

 投稿者:まえだちゅう  投稿日:2013年 1月30日(水)22時59分49秒
返信・引用
  ◆◇◆ 20期全体同窓会のお知らせ ◆◇◆

【開催予定】
 2013年10月20日(日) or 27日(日)
 会場:大阪市内

 ご案内は、9月ころご連絡先の判る方へお送りします。

 ~クラス会幹事さんへ~
 ・クラス会名簿ご提供にご協力ください
 ・同窓生のみなさんへお知らせください


  代表幹事 : 前田忠昭・朝田(安田)千香子
 

豊饒の海の恋しき空きなれば我が命さえ惜しくもがなと

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年12月 1日(土)01時57分14秒
返信・引用 編集済
  謹啓
京 嵯峨野路の紅葉散りはじめ、御堂筋に枯葉舞うの頃 皆様におかれましては益々の御健勝のことと御拝察、お慶び申し上げます。
光陰矢の如し、ほんの十年前まではそう実感のなかった月日の流れの早さが最近は日に日に強く感じられ過ぎ去りし時に思いを馳せる日が少なくなくなり、寂寥感に襲われます。

素浪人がただただ生きる事には忸怩たる思いはあるのだが…
気が付けば何をもせぬ、出来ぬまま、いつの間にか大西瀧二朗先生の壮絶な自決、自裁、逝去された齢に達してしまった。
物心ついて早五十年、母に手を引かれ小学校の入学式に行ったのが本当に昨日のようで人生、須臾の如しとは良く言ったものと妙に感心してしまう昨今…

いつかいつかと待たれ望まれた解散があり、師走の忙しい時期に選挙となってしまった。
野田総理のあの潔ぎ悪さはいったい何なんだろうか。
管元総理もうんざりするほど居座り続けたが、権力の魔力に取りつかれたら始末に悪い。
橋下、松井両氏もこの始末の悪い権力欲に魅入られたのか、昨年の今頃、大阪市と府を統合し無駄をなくし、大阪を良くしてくれると選挙演説であれだけ訴えていたのに僅か一年、いや構想を練だしたのは、おそらく当選後、まだ三、四ヶ月ではなかったか。
まあ考えてみると民もマスコミにも原因はあると思うが、それにしても日本の政治の混沌ぶり、迷走には呆れてしまう。
地方行政で少し注目を浴びた元テレビ芸人に中央の各党、諸議員が、こぞって秋波を送るいじましさ。
流行とは流れて行くと書く、五年後、いや一年ののち政局はどうなっているのであろうか。
かの三島は「はやり」を流花と当てたが目に綺麗に映っても流されてしまってはと思うが、とかく人は上辺の見た目、表層で物事も人も見てしまう。

夏以後の離合集散の激しいこと、これでは選んでいる間に解党、新党になってしまい党名さえ使い捨ての様相でバッジ欲しさ、外したくなさが、あまりに露骨で目に付き辟易させられる。
維新のホスト擬きは早速、演説で「命まで取られないんだから…」
国民、国家を背負うなら命は賭けなきゃならんだろ?
私は元々は九州の出身なので幼い頃より母に「皆まで言うな」と躾られたのでアメリカ人擬きの口先とパフォーマンスだけで渡る、現在の政治家や進歩的文化人はどうも好きになれない。
言行一致、有言実行、語るなら生命を賭けろ…
日本男児は行動がすべてだろ?
だいたいにおいて昨日今日、政治を知ったり関わった人間が何故に立候補なんだ。
そういう人間を公認する党も党で品性、品格のかけらもない。

私個人としては当然、脱原発、アメリカに押し付けられるTPP反対、これまた当然だけど今の時期の増税は有り得ない。
東京や近辺はともかく大阪はじめ地方経済の疲弊に加えて東北の大震災、津波、原発事故それに紀州、九州、宇治等などであれだけの被災をし未だ復興の目処もついていない今の時期に何を考えてるんだか、私のような愚輩にはさっぱり理解らない。

原発問題は非常に複雑且つデリケートな問題であり、難しいところがある故に私のような市井の一素浪人が軽々に論評すべき事ではないのは十分に分かっていても依存に賛成だけは出来ない。
日本人として国防の為の核保有はあって然るべきとは思っているが少なくとも財界の求めに応じて安易に経済、営利至上主義のためでは不可とは思うのだが…

石原慎太郎さんも…
私なりに評価もしてたけれども一連の太陽の党、日本維新の会との合併への道中、私の尊敬、敬慕する平沼赳夫先生に対すると減税日本の河村氏に対するは政治家以前に一日本人として駄目だろ?
勿論、私自身が政治の中枢に居た訳ではないが知人、知己は少なくない。
特に岸信介先生の側近中の側近、豊原さんとは一時期、良く飲み歩いたので、岸先生に関わる話は相当深い部分まで聞いている。
今の政治家にない逞しさとしたたかさを兼ね備え、その根底には強い深い愛国心があり親米と見せながら反米の心は忘れない。
亡くなって長い月日の経った現在でも今の政治家にない素晴らしい立派な政治家であったと思っている。

そう云えば豊原さんと当時、良く行った平野で店をしていた現役選手の頃からの付き合いがある大鵬ボクシングジムの興行が十二月九日にある。
毎回、時間が合い体調さえ許せば観戦、応援に行くのだが今回はようやく将来、世界を狙える選手が初めてプロのリングに上がるとの事、是非、応援に行きたいと思っている由

話は逸れてしまったが我が國はどの方向を向きどの道を歩もうとしているのだろうか。
知覧から飛び立った特攻の先達は現在の乱れた日本を観てどう思っているのだろうか。
石原慎太郎氏の今回の結党宣言にあったように、こんな日本のために生命をすてたはずはない。
日本の悠久の歴史、大義の為に散華したはずなのだ。

先日、知覧の消印の一枚の絵葉書が届いた。
政治を志す青年からだが、私が以前から日本で政治を志すならば知覧と城山へは一度行っておいた方が良いと助言はしていたのだが…
「今日は知覧よりハガキを書いてます。昨年、澄泉水さんから知覧の存在を教えていただいた お陰で今日やっとくることができました。率直にすごく悲しい気持ちになった反面、日本男児として、今何をなすべきか、素直に考えることができました。ある人の手紙の中で『現在の私には生も死もありません。あるものは只、皇国の安泰のみです』というものがありましたが胸が熱くなりました。僕も頑張っていきますので…………

読んでいた私まで胸が熱くなり、心が震えた。
知覧から飛び立った私達より遥かに若かった先輩達の心を思い遠き知覧の地の遠い時に思いを馳せ、又、多忙の中、私の言葉を素直に聞き遠い知覧まで行き、その先輩達の心や思いを感じられる感性を持った青年が私の身近にいることがただただ嬉しくて…
それに比して今の政治家の何と私利私欲に生きていることか。
無私無欲になれと言っているのではない。
被災地がまだまだ大変な苦労に在る中、権力欲という私欲の極のために政局に永田町や赤坂、銀座で夜毎、徘徊し被災地を顧みない心のなさ、個人主義、絶対的弱者の事もまともに考えれない己の事ばかり考えている人間に何で国政で国家、国民の事を考えられるのか。
あまつさえ、その我欲のためには己の思想、信条さえも変節させて野合する政治屋連中
十六日の選挙は真剣に考えれば考えるほど手が竦み投票が難しく逃避したくなってしまう。

もっとも現民主政権を選び作った責任の所在は我々、民に他ならないのだが…
それにしても難しい師走選挙ではある。
自民党が勝っても単独は難しく民主、未来、維新、みんなetcの乱立
これではその後に出来る政権は連立でなく乱立政権じゃないのか。
選挙の後、今度はどのような野合政権が出来るのか見ものではある。

政治の世界だけではない。
財界、実業界もどうなってるのか。
安田財閥の安田善次郎は私利私欲に走る吝嗇家として公に生きた渋沢栄一に比せられて右翼壮士 朝日平吾に暗殺された。
ソニー会長だった田島道治や先述の渋沢財閥を潰してしまった渋沢栄一にしても社会活動を目的とした。
中之島公会堂を寄付し建つ前に相場の失敗でした岩本栄之助にしても然り、成功した政治家なり財界人は英国のノブレスオブリージに近い高貴な精神がありそれを実行した。
してみると今の世はと問うてみると携帯電話屋や服屋の大の付く成功者がチビチビと世間に申し訳ないからという卑しさを垣間観せながら寄付してるにすぎない。
おまけに抜目なく自分や会社の宣伝も忘れず、厚顔無恥にも記者会見までする始末。
貧しいのが卑しいのではない。
自分ごとの為によけいに欲しがるのが卑しいのだ。
今の世の中、いつの間にか知識と知能だけの欲得人間ばかりになってしまった。
政治の世界の権力も然り…
欲望を満たすには、智恵や人格は必要なく知能と知識の偏差値だけあればいいのだ。
戦後の教育は仏は山ほど作ったけど魂を入れなかった。
もっともこの年にして家、不動産はおろか貯金も物も何一つ残せなかった貧乏人の僻み戯れ言に過ぎないのだが…

偏差値にしても収入にしても何でもかんでも数字に囲まれ窮屈で仕方ない世の中になってしまった。
無論、原発問題にしても同様でシーベルトにベクレルに…

福島に住む人達や被災者の人達には本当に申し訳ないのだが、我々の育った時代ー60年代はまさに米ソ東西冷戦状態の中、太平洋ムルロア環礁でフランスが、中国は中国大陸の砂漠でバンバン核実験をしていたわけだから私達は当然、それなりに相当量の被爆はしている。
もっと云えば鬼畜の如しアメリカに原爆を落とされた広島、長崎は除染はしたのか。
民は土地を離れたのか。
そこで必死に耐えて頑張り今を築いたのだ。
それに較べて大阪人のいじましいこと、この上無い。
被災地の瓦礫受入れ反対?
じゃあこのまま東北に置いて傷の上に塩を擦り込むような事を平気でして心は痛まないのか。
何という個人主義の極に生きているのか…
そんな連中に限って自身の家族や身内が被害にあった時は人の何倍も声高に叫ぶ。
そんな日本人であっていいのだろうか。
良い事だけは他人様にあやかり悪い事は知らん顔か拒絶、大東亜戦争の後、日本人は義務を放棄、権利だけを強く主張する、いつも嘲笑っている中国人や北朝鮮と何らかわらない事をしているのに自覚がないぶん、タチが悪い。

玄洋社の頭山満翁は右翼本流として有名でその門下生の一人が戦前は朝日新聞主筆、戦後は自由党総裁になった緒方竹虎だが意外に知られて居ないのが「日本」新聞記者上がりの正岡子規で門下生も当然、右の本流である。
他に金権右翼もいればゴロツキ右翼も仁侠右翼、エセ右翼もいる。
それでも先述の通り我が國には玄洋社、黒龍会などの流れを組む國士たらん正統派右翼がしっかり存在する。
そのような並みいる御歴々が右翼にあるに私のような一素浪人が名乗れるはずも資格もないが胸の奥には負けぬぐらいの日の丸を持ってるつもりではある。
もちろん私は右翼や民族派の類いではないし在野の一素浪人、私には私利も私欲もまだまだあるから…
かの福田和也氏が右翼は大物を一人、見せしめに殺すが、左翼の連中は仲間をもいとも簡単に殺すと…
かの永田洋子女史は同志の女性が母親から貰った金の指輪を見てプロレタリアでないと言って殺した。
右翼のテロには悲しみと信念があり、その後、出頭、自決という自裁行為に及ぶ来島、山口二矢然り…
三島も野村さんも自分自身をテロルした。
左の連中は思いつきと短絡に行い覆面をして名乗らず逃げ回る。
あげく地上の楽園と自らが呼んだ北朝鮮に逃げ込み、亡命、そのくせ年を経ると帰国を望む。
気持ちは理解るが行為、行動に一貫性もなくいじましく観えるのは私だけだろうか。
昨夜、小学校の竹馬の友と話す中、60年安保70年安保時の全学連、全共闘が右翼の大物からの資金援助を受けていたのを知らない事に驚いた。

私は望んだ訳ではないが幸か不幸か堅実な家、それも謹厳実直を絵に書いたような祖父母、父母を持ちこの世に生を受けたのに家のひくレールを拒絶し早くに家を出、中学校三年から高校時代には地元の後輩達と一緒に近鉄線の始発電車に乗込み、天王寺から下り西成の労働センターでその日の仕事ー(日雇いの土方であるが)を探し日当を貰うようなその日暮らしの荒んだ生活をしていた。
夏の暑い中、良く焼けた大人連中に混じって必死で穴を掘ったり杭を叩いたりしながら休憩時間に飲むバケツの水の旨いこと…
地元の友人達は真面目に家に居たら…
「勝手な苦労やからな」などと言われもするが当時の私はその日の寝る所も無く、そんな事を考える時間も余裕もない生活をしていた。
そして高校時代の終わりからは不良のお定まりのコース…
今から考えると本当に無茶苦茶な人生を歩いてきた。
己で選び取ってきた人生に悔いはないとは云え反省は数え切れぬほどある。
今となっては良くも悪くも普通の人の何倍もの激しい経験をしてきたと思う。
もっともその御蔭で様々な社会の様々な人間と会い、縁ある人とは御付き合いさせて貰ってきた。
その中には政治家、警察もおりゃ役者に歌手、右翼、左翼に部落解放同盟、ヤクザもいる。
この年になって判ったのは政治家や検察、警察にも悪い奴はいるし、右翼やヤクザの中にも良い人間も男惚れするような素晴らしい人間がいる。
要は肩書きやレッテルは人を知る一つの手段にはなるが結局は付き合ってみないと判らないということで物事だけでなく人にも良し悪しがあるという事、それを人は忘れがちである。
残り少なくなってきたであろう人生のその時々、その一瞬を男として美しくありたいと思ふ

慌ただしい世相の中、今年の秋はこころなしか短かったように思う。

今年は毎年行く晩秋の京、嵯峨野路さえ未だ歩けていない。
宝厳院の念珠も交換に行けていないゆえ、現在の私の年にニ、三度の楽しみ、贅沢である京の湯豆腐も食していない。
京の湯豆腐、豆腐の味は格別で寒くなった今の季節には最高に美味しい。
しかしその京豆腐の絶妙な味も頭山満翁の言う人間味には遠く及ばないと私は思っている。
味のある男というのは若いうちにどれだけ多くの大きい理不尽に耐え、我慢できたかに拠るように思える。
私のように遊ぶ風のように勝手気儘に生きてきた人間には味はないのかもしれない。

せめて残る人生、味わい深い人間と邂逅し、自らも愚輩、市井の素浪人なりに少しでも味のある人間になりたく思う晩秋、枯芙蓉寒しの頃

もうすぐクリスマス、年の瀬、そして言ってる間に又新しい年を迎える。
皆様に新しい年が良き素晴らしい年でありますように祈念しつつ

閑中閑の身、何の脈絡もない暇にまかせての書きなぐり
御寛容に

サヨナラは今も この胸に居ます 出逢った頃の 私でいたい

あなたと歩いた 思い出の中を

今は一人 あの道をたどっています

誰かに必要とされたいから 誰かの為にガンバってる

出逢った頃の あなたでいてね

楽しかった事 苦しかった事……

「サヨナラは今もこの胸に居ます」
長く離れた娘は元気にしているであろうか……


城山に思いを馳せし晩秋の桜島には夕陽ぞ燃ゆる

知覧にて散りにし人を思ふよわ風冷たくして華散りぬるかも

敷島の大和の國の若人は白き着物を身に付けてぞゆく

遠き日のまぼろし追いて紅葉狩り

めぐる秋悲しみあらたに圓照寺           生死烈々           東次郎
 

不良とは非行にあらずや遠い秋

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年10月21日(日)17時10分46秒
返信・引用 編集済
  めぐる秋 空の青さの切なさや

エネルギーの満ちあふれた夏が過ぎゆき何とも云えぬ物悲しい、そして切ない秋もいよいよ本番、朝夕はめっきり冷え込み衣もそろそろ入れ替えねばならぬ季となってしまった。
道ゆく人も何かしら夏とは違いよそよそしく観えるのは何故だろうか。

まだまだ幼なかった小学生の終わり頃、三島の市ヶ谷での自裁事件事件があり身震いするほどの衝撃を受けたのも四十二年前の秋だった。
三島の行動の意味も何も分からぬながら身体じゅうの血管が拡がったようになり無性に焦燥感を覚えた。
正邪、是非はともかく男の生命の断ちかた、散り際にえもしれぬ共感、感動を覚えた。
それから二十三年の年月を経て現在も敬愛、敬慕してやまぬ野村秋介さんがやはり秋の日、マスコミへの警鐘の意を持って朝日新聞の応接室で自裁された。
後々に分かった事であるが、その日は特攻、生みの親と云われた大西龍次郎先生が組織した敷島隊が初めて飛び立った特別な日であった。

私たちは命は地球よりも重いと教えられ義務の放棄、人権の主張を身体に擦り込まれるような教育を受けた世代であり、ゆえに余計に自分の身体の中で何かの大きい問題提起がなされた。

三島烈士や野村烈士が我々に遺した日本人としての日本人へ対する警鐘…
昨今は特に今の世に三島や野村さんがあらせばと思うようになった。
それは私が一人で何をも出来ぬ身であるが故の甘えであり弱さの裏返しでもあるのだが…

それにしても現在の政治にマスコミの体たらく、いや堕落、そして企業、個人は営利至上主義の利に走り私のような素浪人でさえも危機感を覚えずにはおれない。
人みな義を忘れ、ひたすらに利を追う。
忘己利他なる言葉など本当に忘れさられてしまった。
あれだけの犠牲を出し今もなお、悪戦苦闘を強いられている福島原発事故から僅か一年と数ヶ月で経済、営利のために再稼動を言い出し、あまつさえ反対の旗を振っていたはずの人間までもが次から次へと変節してゆく。
経済や物資が豊かになれば人間の人生すべてが豊かになるように教えられそのように思いこんでしまっている。
昭和の御代までは日本人の美しい在り方とされた清貧なる言葉は何処へ行ったのやら利に揉み手で擦り寄る矜持も廉恥も忘れた日本人…
少しの己の利得のために厭らしい卑しい狡さを平気で身につけ己をさえ騙し行動する。
他人に迷惑はかけていない、法律に則っているとの卑劣な大義を堂々とふりかざす。
法律などというものは時の体制、権力者が都合良く作ったものではないか。
義という言葉さえ忘れて他人に迷惑はかけてないはないだろう。
義を見てせざるは勇なきである。義を行動に表さなくなった日本人はそれが不義であり迷惑を掛けているのだ。
最近は狡い事を恥ずかしいと思わなく逆に自慢のように法の抜穴を語り限りなく脱税に近い節税方法を説く。
単に狡賢いだけではないか。こういう行為を日本では破廉恥と言ったのだ。

特に現在の政治はどうなってしまったのか首を傾げざるを得ない。
復興予算と言っていて他に回すって現民主政権が官僚主導、財務省主導とは云え普通の頭で考えればおかしいのは明白であり子供にさえ理解るだろう。
昨年の原発事故隠蔽と同様に日々、新聞の三面を賑わせている社会事件と何が違うんだろうか。
衆参合わせて、あれだけの政治家が雁首を並べて誰も何も言わないどころか、厚顔無恥にもその法案を通すに与する。国賊ではないのか。
現在の我が國には昭和の御代までは確かに存在した「正常なるテロル」が存在せず機能していないのだ。
政財官界において抑止力が存在しないから、やりたい放題なんだろう。

ジャーナリズムなど権力を装いながら、いざとなれば権力や体制に優柔不断に迎合し媚びを売り手先になり、権力、体制に代わって発信さえしてるように観える。
元来から朝日などというマスコミは大東亜戦争の前後で一番、変節したメディアであるはずが臆面もなく現在もマスコミ世界で一線に位置してる。
我々が青少年期までは似非インテリのシンボルでさえあり、朝日新聞を片手に左すなわち社会主義を語れば馬鹿でも誰でもがインテリに見られた。
戦前にあれだけ正義の戦いと大東亜戦争の大義を唱え煽動したのをまったく忘れたふりをして…
ジャーナリズムとしての矜持は微塵もないのか。ほとほと呆れてしまう。
柔軟性があると云えば聞こえはいいが言い方を変えれば優柔不断なだけ。
先般の週刊朝日に掲載され連裁される筈であった「ハシシタ奴の本性」なるものは読んでいて何とも後味の悪い悪意に満ちた文章であり、読後には澱のようなえも知れぬ後味の残る内容、文章であることは間違いない。
しかしながら、それは天下の朝日の冠をかざした書物であるなら、それなりのチエックがなされていると見るのが当り前であり、親会社である朝日新聞の対応の悪さにも違和感を感じる。
それは私がそれを全否定しているのではない。
週刊朝日、朝日新聞のメディアとしての在り方、それは権力に対する監視でありチエックのはずなのだが、クレーム、物言いが付いたとは云え、まともな議論が相互間になされないまま、これほど簡単に白旗を掲げて終えてしまっていいものであろうか。
負けるには負け方もあるし、白旗を掲げるタイミングもある筈ではないか。
マスコミやジャーナリズムは是々非々だけでない存在の仕方があるはずである。
たとえ一線を越えた報道や記事、文章を掲載したからと言って為すべきこともせず全面降伏することはメディアの軽重さえ問われる。
ただでも最近は御用新聞、御用メディアと陰で言われている昨今、残念至極な出来事ではあった。
王道、正道でなく邪道を行く者が多くなったからであろうか。

そう言えば先日、何処かの大学でボランティアを奨励し、それを試験や成績に表わし優遇すると…
それはおかしいだろ?
純粋な大学生や青少年に下心や駆け引きの気持ちを芽生えさせてるだけじゃないのか。
そんな行為や行動はお金が動かないだけのビジネス、商売であって意味や価値はあるのか疑問に思ってしまう。
そもそも日本人にはアメリカのようなボランティアなどというものは存在しないのだ。
あくまで助け合い、困っている人が居たら放っておかない、放っておけない、お節介の精神が基になっているように思うのだが…
日本人なる人種、血は無秩序極まりない時代の戦後すぐの時期でさえ、引揚げ船は順序を待って乗り込み、最低限の衣食住の配給にさえ、しっかり並ぶ民族だったのだ。
今も勿論、すべてが有名無実となったわけではなく、たまに乗る地下鉄や電車にて朝夕のラッシュにはキチンと並んで待つ人々が多数なのだが、中国人のごとく横入りしたり縦でなく横に並ぶ日本人らしくない若者が少なくないのが残念ではある。

これも先日、私の大好きな村上春樹さんがまたもやノーベル賞受賞がならなかった。
理由はごく単純明快で日本語はそれだけ翻訳が難しいのだ。
そもそも日本の文学を海外で紹介するなどという事は困難極まりない。
それでも村上春樹さんの文章が稚拙な翻訳とは云えロシアで受け入れられ読まれていることには驚いてしまう。
流麗な大和言葉を文章に散りばめた三島由紀夫の小説の機微までもが諸外国の翻訳家に上手く訳されるとは、とてもじゃないが思えない。
そうは言いつつ諦観しながらも次回こそはと思ってしまう。

昨日は維新の橋下市長が九州にて初めて遊説したらしい。
昨年末のダブル選挙からまだ一年足らず、府市を統合して、まずは大阪を良くしてくれるのではなかったのか。
口先だけでのパフォーマンスだったのか、それとも権力という人間最大の欲望に取りつかれてしまったのか。
そうは思いたくはないが大飯原発再稼動のブレから時たまに思いつきや後付けが垣間見える。
集まった国会議員もバッジを外したくない一心の人間ばかりで佐野氏に場末のホストと喩えられても妙に納得してしまう。
ましてや比例代表での繰上げ当選した人間は法的云々の前に人の道としておかしくないのか。
それに廉恥を感じないのか、そのような勝ち馬に乗るだけの人間に現在の国政を任せ委ねることができるのか。
明治維新だけでなく過去の我が國の大きな政変は我が我がでなく後に続くを信じて一筋の道をすすんだから美しいのだ。
中国で生まれて、その発生した中国で忘れ去られ失われた論語の小人、大人を我が國こそが再度、認識し心せねばならないのではなかろうか。
そうでなくては東北や紀州、九州等などの被害を甚大に受けた多くの人々に申し訳がたたない。

暇に任せて徒然なる書きなぐり御寛容にして御容赦願いたい由

ちはやぶる神もなきよの日の本に吹け小夜嵐たてよ益荒男

黒髪の長き娘のしあわせを秋の月にぞ祈らむものを

せつなさのハードル越えて体育の日

吾子とほく あおきこころに 後のつき            東湖浪  
 

せつなくて ただせつなくて 秋の空

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年10月10日(水)13時00分1秒
返信・引用 編集済
  暑さ寒さも彼岸までとはよく言ったもので少し動けば汗ばんだニ、三週間前とはうって変わって朝夕は寒いほどに冷え込む。
道行く人も半袖から長袖へ、そして上着を着込むようになった。
春から初夏への季節の変わり目の潑溂とした心身の元気、エネルギーは何処へ行ったのか秋は理由もなく切なくなる。
少年の頃は運動会に遠足、etcに心を躍らせた秋がいつの頃からかめっきり切なくなるようになった。
年のせいだろうか…
人生の儚さを知ったからだろうか…

先日、流通ジャーナリスト金子哲雄さんが亡くなった。
ちゃらちゃらしているとは云えどこか憎めぬキャラクターで私も良くテレビで楽しませて頂いたゆえに
訃報の報道を知った時は一瞬我が耳を疑った。
そう云えば最近見なくなったなと…
氏の逝き方を知れば知るほど人は見掛けではないと思い知らされ、改めて死というものを考えさせられる。
男にとっては死に様が生き様なのだ。
男としてあれほど見事な幕引きがあるだろうか。

まだ四十一歳という若さ、男盛りでの死を御本人はどう受け入れたのか我々、凡百には知るよしもないのだが…
金子哲雄さん、見事!男前だよ!
慎んで御冥福を御祈り申し上げます。合掌

大東亜戦争の後、我が國の人々は死との対峙から目を逸らし逃げるように生きてきた。
生者必滅は世の常と頭では理解っていても煩悩が逆らい、そこから逃げようとする。
六十余年前、我々の先輩達は否応なく死という忌み嫌われる見えぬ敵と戦い苦しんだはずで、
それも大半は二十歳代の青年達、人生の一歩を踏み出したばかりの人間が親を遺して逝くにあたって何を考え何を思い過ごしたのだろうか。

昭和維新を夢見た青年や明治維新のために己が志と覚悟を持ち自らを動乱に身を投じた士とは違い己が家族、ひいては國のために死と対峙を強いられ、
そういう悠久の大義のために散華した多くの先達の御蔭で我々は現在という平和を生きているのだ。
戦争の理非や是非は五十年、百年で判ろうはずはない。
二百年いや三百年後の史家が初めて検証し正否、是非を問うもの。
まして先の大戦、大東亜戦争は世界で初めて有色人種である我が國が白色人種に対して有色人種として抵抗し解放、そして亜細亜の解放に挑んだ闘いだ。
その闘いを白色人種にて裁かれ六十余年経て尚、その敗戦を引きずりアメリカの顔色を見て生きる我が日本。
白色人種に裁かれたのは東京裁判にて無罪をただ一人主張した有色、インドのパール判事が他の白色人種判事に黙殺されたのを見ても当時がまだ白色人種の世界であったのはまちがいない。
大東亜に散った先達は矜持を捨て白色人種に尻尾を振る現在の我が國を想像したであろうか。
大東亜戦争の黄色人種が白色人種に滅びる覚悟さえを持って戦い抜いた価値はそんなものなのか。
白色に対して有色、黄色人種の先頭に立った闘いをそのような小さい括りで総括していいのか。
大東亜戦争で散った先達に本当に申し訳なく思う昨今、秋の青い空を見上げると今にも特攻機が雲の中から現れるようで…
その抜けるような青さが余計に私を切なくさせる。

六十余年前の鹿児島、知覧の秋の空もこのような青さだったのだろうか…
沖縄の悲しいまでの空の青さはいったい何なんだろう。
青年の多くの血を吸った青さなのか、彼らの切ない想いの青さなのか。
私は五十という齢を越え今もこうして生きている。
時代が違うと云えばそれまでだろうが、それに甘んじていてよいのだろうかとふと頭によぎる。
昨年の大震災に津波、紀の州、九州の災害…
居た場所が違っただけ、ただそれだけの違いで今こうしていられる私…
時空の違いで生命の在り方が変わる、理不尽と云えばこれほどの理不尽はない。
はたしてそれでいいのだろうか。
青い空と時に想いを馳せると無性に切なくなる。
そう、秋は切ない季節なのかも知れない。
そら、空、くう、何もない…空はまぼろしなのだ。
その空の中を時という幻が通り過ぎてゆく。
その儚さが人を悲しく切なくさせる。
誰に教わるでなしにも人は皆それを知っている、ゆえに赤ん坊が此の世に生を受ける時、泣きながら現世に現われ出るのだ。
人だけでなく万物すべての本能の知るところゆえに生あるものは哭くのかも知れない。

先日、正月来、久しぶりに奈良三輪山の大神神社に詣った。
神々しい気のなか、私なりに懸命に狭井神社の神水を汲んだ。
両手に汲んだ神水を持ち歩き降りた。

私の想いが天にとどけば嬉しいのだが…

私には勝手に思っている友がいる。
一献傾けたことも、一緒に食事をしたことさえもない、毎月朔日の朝それも一年に幾度か僅かな時をふれ合い、たわいない話をするだけの人である。
三十年、四十年と付き合っていて今なお知人のままでしかない人間が少なくない中、一瞬をふれあい友と思える人がいるのは有難く嬉しい。
人と人との交際も時の長さだけではないように思う昨今、「人生は邂逅の一語に尽きる」という高見順の言の葉がよみがえる。

昨年末、友が病に侵され闘っていると聞いた。
初夏には元気な姿を拝見したが、秋になり先日、久しぶりに御会いした際に何気なく問ねるとあまり芳しくない返事が返ってきた。
現在の私には何もできる事がなく、葛藤に押し潰されそうになる。
Oさん、大切な人のために元気になって下さい。
人の為は偽と書く。
Oさんの為のように云う私も自分自身の為にしているのかも知れない。
それでもいい、天にさえ想いが届かば…

心が青いと書いて情、だから空の青さがよけいに身に沁みて切なくなる。

相変わらずの取り留めない駄文の書きなぐり、脈絡もなく支離滅裂、この齢にして未だ暗中模索の身の私自身を表しているのかも知れない。
それでもいい、天に私の気の何かが届けばと念ず。


神無月 まことの道なき
うき世には 神あるやなしや
ひとりとふよわ

いとしくも せつなき秋の風ちらんの
華ちりぬるを うつくしくおもふ

はかなさと せつなさ抱いて秋の空

せつなきと思へど秋の空青し

Oさん、早く快くなって是非、美味い酒を御一緒しましょう。  慈生悲天     風心青切愁
 

千江同一月 「果てしない夢を」

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年 9月12日(水)06時29分48秒
返信・引用 編集済
  拝啓
秋きぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる

長い夏も過ぎようとし、ようやく秋の匂いが仄かに感ぜられる昨今いかがおすごしでしょうか。
そろそろ身体にも老いを覚える齢、夏の疲れの出やすい季、くれぐれも無理をしないよう御自愛のほど、花鳥風月をじっくり楽しみましょう。

明治時代、西洋の文化が我が國に入ってくるまで日本といふ國の人々はほんとうに素晴らしい感性を持ち、それを又、それぞれに磨いてきた。
その日本では遠いいにしえより太陽より月を愛し月を中心に生活をしてきた。
いわゆる陰陽暦であるが、それほど我が國に月は根付き要に位置している。
古来より和歌にも数えきれぬほど詠まれているが比して太陽はどれほど詠まれたかを考察すれば日本人の月に対する思いが観えてくる。
千年もの昔、我らの先人が現在とほとんど変わらぬであろう月を観て詠んだ詠歌にかぎりない哀愁を感じるのは私だけであろうか。
室町から戦国時代にかけては権力者はこぞって月を観るに最高の場をつくることを競った。
有名な足利義政の銀閣寺には月を観るためだけの白砂を不二の山のように盛った向月台に波のように敷かれた銀沙灘はかの岡本太郎氏をして月を楽しむためだけの造形の最高傑作と云わしめた日本の美の極である。

ひねくれた私は上弦の月が好きなのだが…
月を愛でる月光浴は貧しい現在の私にも簡単にたのしめるので有り難い。
体調も優れず貧しい今年の長月はゆっくり月でも楽しんでみようと思ふ。

その月うつくしい我々の祖国、山紫水明麗しき山河の國の領土を脅かす蛮国がある。
尖閣の中国、竹島の韓国、北方領土のロシアが一番露骨に動いているのに言葉を濁し明言さえ避け逃げる政府、消費税増税も財政もいいが領土問題は一番の国益ではないのか。
次世代に負を遺してはならないと言って領土を狭める権利が今に生きる我々世代の日本人にあるのか。
竹島などいつのまにか韓国の実行支配下となり、日本人が近寄れぬ状況になっている。
サンフランシスコ条約の後、韓国が勝手に決めた李承晩ラインを越えた船が何隻拿捕され何人の日本人が殺されてるのか。
日本の若者は怒る事を忘れてしまったのか。
いや私にて怒る事、私憤は強く持っているように思う。
昔の日本の若者のように公の怒り、義憤がなくなっただけではないか。
実際、自身や自身の周囲、それに関わることに関してはヒステリックなほどに怒る。

個人主義…やはり大東亜戦争の後の戦後教育の大罪ではなかろうか。
北朝鮮や中国を手本にした連中にその蛮国に國を凌辱されて怒る人間を教え育てれるはずがない。
自分の國を自分で守れないのは世界広しといえども我が國ぐらいではなかろうか。
大東亜の敗戦後、占領下に戦勝国が二度と日本が立ち上がれないように、歯迎えないように武力を持てぬようにと押し付けた憲法を我が國は未だ後生大事にしてるわけで…

しかし我々、日本人がもっとしっかり観なければならないのは、その戦勝国であり占領軍であったアメリカが我が國と安全保障を結んでいることだ。
冷静に考えて観れば理解るのだが日米安保条約はアメリカの都合でアメリカの意思でしか機能しない不平等条約であることだ。
江戸時代、ペリー来航にて開国後、結んだ不平等条約に当時の日本人はいかに怒りを覚え決起したか。
その日米安全保障条約の調整で中国、韓国、ロシアの我が國への対応も変わってくる以上、我が日の本の國はギリギリのところでアメリカに従い、従属せざるを得ないような不平等な関係をしっかり構築されてしまっていることである。
たとえばアメリカが少し日本とは距離があるように発信すれば蛮国は盗人の如く尖閣や竹島、北方領土に現れる。
水戸黄門の印籠のように日米安保を上手く使おうとすればアメリカに媚びるしかないのが現在の日米関係だ。
その伏線は戦勝国のアメリカが我が國に軍隊を持てぬようにしたことに起因する。

全国至る所で維新、維新と元気はいいが維新八策を観ると江戸の幕藩体制に戻す事ではないか。
ならば藤田東湖の造語、維新といふ言葉を使うのはおかしいだろう?
真の敵であるはずのアメリカの模倣をし揉み手で擦り寄って日本ならではの侘び寂び文化や伝統を捨て去りそれを維新といふのか。
明治維新のなった後、維新の功労者は和魂洋才と富国強兵を掲げ国家は驀進した。
現在、この言葉を改めて考察するとどうであろうか。
三島が嘆いたように魂を売って手に入れたパン、精神までアメリカナイズされた現在の多くの日本人、結果、洋魂洋才に富国だけ、その富国さえも国際情勢の中、アメリカの思うように操られサブプライムの穴埋めを負わされた挙げ句、同様にサブプライムの穴埋めを負わされた欧州が一気に経済的に崩れ中韓からの輸入を抑えた結果の世界同時不況…なぜにどの国も誰も驕り慢心のアメリカの物を言わぬのか。
長いものには巻かれろかも知れないが大東亜戦争後、アメリカの無法は益々進みベトナム戦争にアフガン問題、イラン、イラク問題…
世界の警察を自認、自称しやりたい放題。
核兵器も大量破壊兵器も出てこなかった責任はどうなったのか。
その行為に与した小泉に竹中某を標にして維新は何処へ進もうとしているのだろうか。
一地方、大阪の市長と知事が国政政党の代表になって大阪に利を誘導すれば國に対する背信、民に対する背信ではないのか。
御本人は睡眠時間やゴルフへ行く時間を減じ大阪から党を動かすように言っていたが、時間的、物理的問題ではなかろう。
一地方の利と国益は相反し矛盾するだろ?
私の所にも維新関係の人間が何人か出入りしていて私自身が応援してる純粋無垢な地方の青年もいれば大阪在住、頭の天辺から爪先まで邪な、単に勝ち馬に乗る、流行に乗っておこうとしてる人間も少なくはない。
人として私情は仕方ない、しかし政事に携わる身が私利私欲で走ってはいかがなものか。
自民の総裁選だけでなく民主の細野さん降ろしも総てが権力という私利私欲で動いているのではないか。
他の国の大統領はいざ知らず我が國の総理は周囲に推され担がれて「じゃあ不肖、私がって」ものじゃないのか。
我が我が我がで挙手をして自分を売り込む今の政治自体もアメリカに毒された結果で日本古来の譲り合う心など全く観えぬ。
かの上杉謙信は戦の最中に敵である武田信玄に塩を送ったのだ。
我々、日本人にはそのような血が流れているはずなのだが…
経験はともかく責任も覚悟も持たぬ政治屋に悠久の歴史を持つ神なる國を任せていいのか。
一国の総理や閣僚、それも日本という國の臣の責任や覚悟とは辞任ではない、国益に反し心ならずも失敗した際は腹を切る、そういう責任の取り方、その覚悟をもつ者でなければ推挙されても辞退すべきものではないのか。
竹下先生はどこまでだったか計りかねるが今の政治屋よりは遥かに覚悟は感じられたし、岸先生には明らかにそういう覚悟があった。
かかる覚悟なくして一国の大事を背負えるのか。

その岸先生のDNAを受け継ぐ安倍晋三さんは…
個人的には支持したい人物ではあるが、巷間言われているように一国の総理が体調を理由に途中で投げ出してしまった事は消し難い。

私は或る先輩の一言で高倉健さんという稀代の俳優を誤解し、会う事もなく現在に至るが畏友のふとした話から興味を持ち意識して観るようにしている。
「あなたへ」という映画に久しぶりに主演出演とあってあちこちのメディアに登場する。
「インタビュー」という最近出た出版本を読むと大人だけあってさすがに色々な逸話が残っている。
なるほど畏友のE氏だけでなく関わった皆さんが褒め讃えるに値する人であろうし、私自身、お会いしたくなる人ではある。
義にあつく思いやりが素晴らしく幅も広く懐も深い。
畏友Eさんの御尊父のお墓参りにわざわざ函館まで三十数年行っているのに驚愕、感服したが二月三日の節分には毎年、長野の善光寺に行っているという。
御本人も正直に最初の二、三年は確かに映画のギャラが安くお金のために行ったと…
それが何処で映画を撮っていようが、たとえば南アでロケがあっても二月三日 節分の日には長野県の善光寺に居て気がつけば三十七年になると…
何についても継続、貫いていらっしゃる。
それもこれも勿論、強制でもなく利欲でもない事を自身で決めて律してらっしゃるのだ。
高倉健の流儀なのだろう。
Eさんの御尊父のお墓参り、節分の善光寺、etc…
長い年月の間には雨の日も雪舞う日もあったろうし、体調の優れぬ時もあったであろう。
今でこそ長野新幹線で一時間ほどで行けるがそれまでは思いつきで行ける地ではなかった。
しかし、それでも続ける、それが自分の生き方なんだと身を以って人知れず行っているのだろう。

「あなたへ」の高倉さんの台本には東北の被災地の少年が両手に水を持ち運ぶ姿の写真がはってある。
心をいっぱい持っておられるのだろう。
先の土曜日のテレビの特集では偶にして高倉さんは私の愛読書「男としての人生ー山本周五郎のヒーローたち」を手に樅の木は残ったの貢を鉛筆で線を幾度も幾度も入れたであろう箇所がアップで映しだされ身震いを覚えた。
私のような愚人のように暇にあかせて読み流すのではなく教科書のように重要と思う所、大事な箇所に線を引きながら学んでらっしゃるのだ。
そして御辞儀に手合わせ…自分が今あるを万物に感謝されてるのだろう。いや高倉さんのこと、自分だけでなく人皆の分まで感謝し御辞儀、手合わせしていえるのだろう。
ただただ頭の下がる想いで、会わずしても感服、敬服させられる大人ではある。
おそらく、こういう人こそが現在はほとんど観なくなった風圧を感じさせ場の空気を変える人なのだろう。
八十の齢を越えられた高倉さんには重荷であろうがこのような人こそが一国の総理たり得るのではないだろうか。
政策ましてや学歴や経歴ではない、人としての佇まいが一番であり、御本人が昨夜かの特集で話しておられた、「この人のためなら我が身は顧みず」と思える人間、また思わせる人間が必要なのだ。

現在、コメンテーターばりの口先とパフォーマンス、政策を掲げ自分を宣伝する政治屋ばかりで国政ばかりでなく地方を見回しても高倉さんのような人間が何人いるであろうか。
否、残念ながら居ないであろう。
自己宣伝とパフォーマンスに終始する現在の世にも、対極に高倉さんのような所作、立居振る舞い、佇まい、そして行動だけで語る月のような美しさを持つ人が居る。
日本は日本、日本人は日本人なのであって太陽の国、アメリカを真似ずともよいではないか。
日本は月でいい、月の佇まい、美しさがあれば十分だと素浪人の私などは思ってしまうのだが…
光に影、太陽に月、陽に陰…

明治維新も生き残った光り輝く維新功労者ばかりでなく有為な士が志のために夥しい血を流し命を後の我が國のためと我先にと捨ててなったことを忘れてはならない。
心すれば心するほど軽々に口に出せぬ言の葉なのだ。
今はもう戦前派はほとんど消え戦中派さえも少なくなってきた、あと十年もすれば戦中派も消えさりヤルタ、ポツダム体制の中で育った世代だけになった時、我が國はどの方向に柁を取り進むのだろう。
昭和維新を夢見た先達も生命は顧みずに生きた。
そう考えるに現在の政治の甘さ温さは感じずにはおれない。
政局の前に東北の復興、紀州、奈良の五條、九州日田…etcの復旧であり横田めぐみさん始め拉致被害者の救済だろ?
今日の今を渾身の悲しみの中で生きてらっしゃる人々が現在の日本には多くいるのだ。
先日、体調を見計らい高島屋の横田めぐみさん展へ足を運んだが…
私は十年程前に横田夫妻の慟哭に近い講演に出席して爾来、大阪で何か開催される際は行くようにしているが何度行っても涙が滂沱と流れる。
お父さま、お母さまも年をめされた、「めぐみへの遺言」なる書も上梓された。
そういう理不尽にあった悲しみの貪底におられる人々から目を背ける、そんな日本人であっていいのか?
傍観者であっていいのか?
我何を為すべきか、我に何が出来るかを問う日本人でなければ…
為政者でなければと思う由

東北の秋は短い。
初霜が降りると一気に冬がおとずれる。
被災地の格差はどんどん広がり行政に見捨てられたと同じような仮設住宅で必死で耐え忍んでいる人々も少なくない。
己の利、政局のために毎夜のごとく高級な食事に酒…
人の痛みの分からぬ慈悲なき輩に現在の危うき國の舵取りを任せるのか。
かくいう私も微力ながら生きてる限り東北、紀州、日田etcに関係し、何か出来る事をお手伝いさせて頂きたく思う由。

野火赤く人渾身の悩みあり
5.15事件の首謀であり海軍将校 昭和維新の先導者 三上卓先生の句を今一度 声にしようと思う夜長い秋

体調を整え、長く行っていない鹿児島の知覧に高倉さんが主演した映画ホタルを記念し建立されたホタル碑を観に是非行きたく思ふ
碑に刻まれた「燃えつきず  立ち寄る家の  今  あるやなしや  ホタルよ  ここでやすんでください」を観るために…

昨日みた夢はきっと叶うと呟くように
暖かな風が吹き抜けてゆく
きらめき 揺れてる 星屑たち
明日を照らしてる

果てしない夢を
強く強く信じていたい

今はまだ芽か蕾の若い世代の人たちが國を変えていく。
老兵は消え去るべきなのだ。


いにしえの散りにし人を思うよは風すずしくもうきよなるぞよ

ゆうこくに利休鼠の鰯雲ちらんの花のうつくしきよに

逢ふことのかなうことなし桔梗花

霧ふかし我は皇國のさきもりに

その昔、京都円山公園に大津、神戸…etcへエーちゃんのコンサートに一緒に行ったU君M君N君K君…
先日、九月一日の日、横浜日産スタジアムでエーちゃんの四十年記念コンサートがあり旧知の友N氏の御厚意で点滴し這いながら行って来ました。
キャロル時代のウッちゃんがサプライズで登場、ファンキーモンキーベイビーからルイジアンナと中央公会堂以来の懐かしいナンバーに酔いしれた夜でした。
M君、十二月行こうぜ!

ひたすらに ただひたすらに あきをゆく
 

日本といふ國を思ふ

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年 6月22日(金)18時00分15秒
返信・引用 編集済
  拝啓
台風一過、御堂筋の新緑に初夏の陽光が照り風薫り、夏の匂いをふと感ずるの頃いかがお過ごしでしょうか。

先日、梅雨の合間、少し体調の優れた日、久しぶりに御堂筋を散歩していると、後ろから突然声を掛けられ振り向くと若い笑顔が微笑む。
地元の倅達の先輩であると同時に知合いの息子、それに私の後輩の後輩の遥か後輩にもなるK君であった。
時間もあったので近くの喫茶店へ誘い近況を報告し合う、少年時代から手のつけれぬ不良だった青年が現在はヒップホップやレゲー音楽で頑張り身を立て真当に生きているらしい。
世にはまだそう出ていないが立身はしっかりしていて嬉しくなった。
言われてみれば不良の顔が好青年の顔に変わっていた。
男の顔は履歴書と言ったのは昭和の知性、大宅壮一氏だったが、けだし名言で男の生活や人生はしっかり顔や表情に出るのだろう。
私はあまりにも醜いであろう自分の顔を鏡で観るのが恐くこの数年観ていないのだが…
話が一段落したのを待って何気なく年を問うてみると今年36才になると言う。
私が高校を卒業した年に生まれた赤ん坊が立派な好青年に育っているのだ。
光陰矢の如しとは言うけれども最近は年のせいか年々それを強く感じ、過ぎ去った日々が妙に懐かしく哀愁を覚える。
過ぎし日々は遥か逆光の彼方に燦然と輝くからいつまでも美しく光を失わないのだ。
生者必滅会者定離、なるほどこの数年は本当に多くの人を見送った。
そろそろ私自身、土に還る時期もそう遠くはないのだろうと頭によぎる。

新聞を開きテレビを点ければ消費税増税ばかりが報道されている。
多額の歳費なる収入を得て政局ばかりに専念、福島、東北や紀州、他の被災地や被災者を放っておいてそれはないだろうと思うのは私だけであろうか。
商売の神様だか経営の神様だか知らないが創った塾は勉強に専念の大義名分、至れり尽くせりに給与を貰っての政治勉強…
まさか現在も政経塾ののりでやっているんじゃなかろうな…
議論ばかりに時間を掛けて政治をしてるつもりになられてちゃ困るのだ。
官僚を改革云々を言う前に自身の頭の上の蠅を払って欲しい由。
昔の政治家と違って叩き上げどころか下積みをも経験せず、政治のエリート街道を走っているが人の痛みも分からぬエリート政治屋に民のための政事など出来るのだろうか。
院外団から副総裁にまで上った大野伴睦をはじめ戦犯で巣鴨の獄中生活の長かった岸信介先生、療養生活の長かった池田勇人に苦労人の田中角栄、警視庁長官から政治家に華麗に転進した後藤田先生…
風圧を感じさせた政治家はそれなりに多くの経験をしていて、それが独特の空気を醸し出していたのだろう。
頭脳明晰で高学歴、知識豊富の優等生だけでは政治の世界は通用しないのだ。
国会や国政、政党は塾でもサークルでもない。
間違えばそれは全て民が背負うのだ。

与党時代に増税を声高に叫んでいた自民党幹部が消費税増税をしないとマニフェストに掲げ公約にしていた民主党代表はじめ幹部にマニフェストを守ろうと消費税増税に反対する小沢先生のグループを切らねば法案を通さない奇妙な構図が出来て、こちらまで頭がおかしくなってくる。
挙げ句、その合間をぬって原発基本法なる法案を民自公の談合で通してしまった。
原発に絶対などありはしない。
福島原発事故の言葉に表せぬ惨状を目にし被災された人々の慟哭を聞けば兆に一つ、京に一つ事故の可能性があれば再稼動など出来ない。
大飯原発をフル稼動する前に野田総理ら関係者は全員で防御服を身に着けずに福島原発を直近で観て感じて貰いたいものだ。
私は行けず忸怩たる思いで葛藤の時を過ごしているが今日も総理官邸前では民が心の底からの怒りにデモと云う肉体言語で表現しているのだ。
私はまだ日本人の本来の触覚を直覚を信じている。そして魂も…
いや心の奥底では日本が一度滅びてもいいと思っているのかも知れない。
天の怒り地の声を心して聴いて頂きたく候。
禄を食む人間のする事か…

核保有は国際状況を考えると致し方ない。逆に持たねばならないとさえ思う。
ただ大飯原発再稼動は営利至上主義の経済界からの突き上げであり、国防のためでも公のためでも何でもない。
やはり商売、経営の神様の創った塾の卒業生は足し算引き算の経済第一しか考えない、いや考え財界や畜米と足し算引き算し商売しているのだ。
それもやり方が卑しい。正々堂々と国民に問えばいいのに談合なる裏技を駆使して顔で笑いながら背後から袈裟掛けに斬りつける。
サークルごっこよろしく、議論は得意、それに商売人同様に畜米はおろか自民、財界にまで媚びを売る媚売、国家を治めるでなく、経営しているのだろうか。
私含めて都会育ちは好むと好まざるに関わらず幼少期より無意識の間に器用さ、小賢しさ、小狡さを身に付けてしまっている。

幼少年期を地方で自然の中で身体全体で四季を感じ天に感謝する純粋な心を培養された人間とは残念ながら本質的に違う。
この春、東北関係の集会で気仙沼の大島の話を伺った。
気仙沼の市街地は年寄りがたくさん亡くなり若者は意外と助かったのに反し大島では多くの若者が亡くなりお年寄りの方々が助かったと…
市街地の若者は当たり前の事ではあるが自分が助かるために老人や他人にまで目が届かなかったらしい。
逆に大島の若者たちはお年寄りを日頃から大切にしていて、そのお年寄りを助けるがために命を失った若者が多かったらしく…
極限の状況の中で何が正しく何が悪いは存在せず、どちらをも責めるどころか褒めねばならぬ事は重々理解ってはいるし不謹慎で御遺族から叱責を受けるであろうが私は大島で命を失った若者達を思い切り褒めて称えて、いつの日かお墓に参り焼香したく思ふ。
あらためて大島で亡くなられた多くの若者たちの御冥福をお祈りもうしあげます。合掌

維新塾一つを観ても大阪在住の若手とたまに話す事があるが、二年いや一年前までは政治のせの字も知らなかった青年が大阪都構想や外交、財政など国政に至るまで誰の受け売りか本やインターネットからの上っ面だけのメッキのような昨日今日、身に付けた知識を披瀝する、聞いているこちらが辟易してくる。
かの三島はブームを流行とせず流花とした。三年後の顔ぶれを是非観てみたいもの。
くらべて同じ維新塾でも地方からの青年たちには本気が窺える。
四季ある山紫水明麗しき自然の中で育った人間はこうも違うのかと最近は妙に感心させられ無性に嬉しくなる。
都会育ちの若者の知識もその応用法も器用さも世渡り術も全否定する気はないが少なくとも幼少期の自然との関わりを思い考えずにおれない。
維新塾開講の時、堺屋氏か誰が言ったか失念したが「国会議員に成りたい人、手を挙げて!第二の橋下徹に成りたい人は手を挙げて!」
挙げた人間からまず排除していかねばいけないだろ?
あまつさえ、最初のアンケート時、最終面接で露骨に選挙資金が用意できるかどうかを問い、出来ない人間は不合格にしたと聞くにおよんで、橋下市長も松井知事は当然、維新の会なる組織もそこまでかと幻滅したものだが、地方の純朴な青年をもしっかり通していたので、さすがと安心、感心したり嬉しくなったり…
もっとも私は松井知事と橋下市長は支持、応援しているが維新の会や他の会員は支持や応援以前に興味もないが…
お二人はそれなりの見識は勿論、やる気も本気、是々非々もしっかりしていてぶれない。何よりかにより責任と覚悟が見受けられる。
先般の大飯原発での容認問題は確かに変節と言えば変節だろうが朝令暮改の総理や閣僚に比べて初めてのぶれだし、もっと長い目で観て石原慎太郎さんじゃないが熟成をじっくり観てみたいと思わせる二人ではある。
石原慎太郎さんも青年社の衛藤さんぐらいが生きていりゃ良かったけど長堂院氏じゃね…
せっかく尖閣諸島を買うんだったら私兵で灯台ぐらいは綺麗にしないと衛藤さんや民族派の先達に叱られちゃうよ。
そう考えると大日本興行の高橋輝男さんからは青年連盟や青年社を通して多くの人物を輩出したり大きな影響を与えてるな…
豊田一夫さんなんて佐藤栄作元総理の影武者だったらしいし竹下先生なんかは隅にも置かなかった。

それにしても戦後教育の弊害にしても鬼畜の如し米国人のように自己主張する人間のいかに多くなったことか。
確かに我々が学生時代も学級委員から生徒会長まで立候補の名の下に主張しすぎる自称人間がどれほど多くいたことか。
人を決めるのは自身でなく他人である事さえ忘れてしまっている。
私は素浪人といふ身ゆえ色々な人に会う機会が多々あるが名刺や肩書き、レッテルetc…それに自分を売り込む奴にロクな奴は居ない。
もっとも黙っていると売れないのを知ってる人間だから本能的に自身の感性で自分を売り込むのだろうが…
警察や判事、検事、弁護士にもロクでもない奴は居るしヤクザの親分にも目を見張らせられる人物も少なくない。
都会で知らず知らずに幼い時期から身に付けた器用さ、小賢しさ、すなわち邪と日本人が元来、腹の底にしっかり持っている日の丸や誠とのバランスで人は成り立つのではと思ふ。
地方の自然の中で純朴に純粋培養された人間には邪が限りなく少なく誠が大きく占めるのだろう、都会育ちの我々は意識しなければどうしようもないほどの邪があり誠が有名無実であるように思ふ。
大島の若者たちには邪など在りはせず、ただただ誠が在り誠に生きたのだろう。
それが余計に私の使い古したはずの琴線にふれ切なく悲しくなる。
三島の「春の雪」に描いた愛する女性に対する誠、さだまさしさんが「償い」で歌った被害者への誠…
大島の若者の人生の先輩への誠…
國への誠…誠義…

少なくとも政治に携わるからには邪が誠を上回ってはいけないはずと思うのだが…

私が幼かった昭和三十年代から四十年代の初めは少し郊外に足を延ばすと、今の時期、梅雨の中、道端に紫陽花が色鮮やかに咲き、それが我が國の四季を感じさせてくれた。
高度成長時代を過ぎた頃から日本が日本でなくなり、高い精神性を捨て去り畜米を追随するかの如く物資、金銭での豊かさを追い求め狂乱の如しとなり、挙げ句、己の私欲の為に年老いた戦後の日本復興の立役者から泣けなしのお金を奪い去り、偽装離婚までして生活保護の公金を奪う。
その果てが、金銭至上主義、学歴至上主義、先の経済、営利至上主義を求め、結果が自然だけでなく人類存亡にまで与する原発事故だったのだ。
天皇を頂き世界に類を見ない歴史を誇る我が國が何故に欧州を追われ辿りついた新大陸にて先住民から何もかも全てを奪い去った鬼畜の如し雑国に従属し、真似なけらばならないのか。

今の時代、政治家に求められるのは知識や頭脳、政策や世渡り術ではなく寺山修司が詠った

「マッチ擦るつかの間海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」
寺山が日本在住韓国人ボクサーの心情を詠ったものと仄聞するが、寺山が「ない」と言った「身捨つるほどの祖国」が在るんだと断言できる國への誠、その情念や魂をそして誠を持つ者でなくては政事に携わってはならない。
国家は会社ではないんだ。
敷島の大和心と敷島の大和魂、そして誠さえしっかり身体に持ってさえいれば我が日の本の國は経済や物質では滅びないのだ。
悠久の精神性が失われた時こそが国家存亡の時
魂なき繁栄に酔い痴れた我が國がローマと同じ道を辿らぬようにと願ふ昨今

ふるさとの野辺に咲たる紫陽花の雨に煙るの懐かしきけふ

この道を貫きし人の羨みし風薫る日の寂しさふかくに

遠き日の吾子とたわむる山河に  けふ不如帰  来て鳴くのかも

夢にみし紫陽花うつくし旅路にて君を背負いた  ぬくもりきえず

長く離れし愛娘は今をしあわせに生きてくれているだろうか…
 

日本人の美

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年 4月23日(月)18時28分48秒
返信・引用 編集済
  長かった寒もようやく過ぎ久かたの光が溢れ のどかな今日此の頃…
桜もやっと咲いたと思ったら春の嵐に散ってしまい世の無常を感ず卯の花の月
朝のコーヒーを飲みながらテレビを観ていると岡村隆さんが高倉健さんと八月公開の「あなたへ」で共演と報じている。
二年前に岡村さんが体調不良で長期療養の際も高倉さんの直筆の手紙に励まされたという。
何の因果か芸能関係の方々とは多くお会いさせて頂いてきた中、高倉さんは未だ見ぬ人ではあるが、若い頃より御世話になっている京都のステーキハウス次郎のマスターとの縁を聞いたりと興味のつきぬ人ではある。
何年か前、東京の畏友と話した際、「今の時代、高倉健のようないい役者がいなくなりましたね、どういう経緯があったのか私は知りませんが親父が亡くなって三十年以上経ちますが祥月命日には三十年余り欠かさず線香が家に届き、毎年必ず、函館の親父のお墓に参って綺麗に掃除までしてくれ、盆暮れの挨拶も欠かさない人なんですよ…」と聞き畏友Eさんのお父さんに余程、世話になったのだろうが、それにしても義理堅い人だと感心し友人達ともそんな話をしながら年月が流れた先日、さる大先輩とそんな話をしていると「高倉健は昔、俳優をする前、銀座警察と云われた組織の大幹部の不良のEさんという人の運転手をしていたらしいよ、で、その頃、ボクシング興行で銀座警察が他のヤクザ組織と抗争になった時、Eさんて人が一緒に行きますと言う高倉健にお前は俺の運転手なんだから今すぐに辞めて俳優になれと言って東映を世話したらしいよ。高倉健はそれを恩義に感じてだろうけど義理堅い素晴らしい人だね」と…
なるほどと納得した私はEさんのお父さんも本職の不良とは云え男前な美しい人だなと感心すると同時に瞠目、憧憬を覚えた。
せちがらくなった現在の時代、我欲に走り醜い人間の多くなった政界、財界、官界を始めとする世の中、自分自身を最優先にする人間の多くなった昨今、本当に素晴らしい美しい話ではないかと…
不良ならずとも自身の側に入れよう、付けようと相手の立場や状況も考えず、いや考えても自分の都合や勝手、我欲、損得を優先する人間だらけになってしまった現政権、与党、経済界、会社に組織、商売人を観ていると余計にその行動が眩しく美しく輝いて観える。
その信義を胸に不器用なまでに己の節義、誠を貫く高倉健さんも立派で美しい。
親子ほど年も立場も違う岡村さんに誠をもって律儀に優しく出来るのは人から同じような優しさを貰ったからだろう。

Eさんの御尊父、高倉健さんらは現在、我が國で絶滅しかけてる一番、美しい日本人らしい日本人なのだろう。
人、特に日本人は衣、着物の図柄に織り…に食、器、織部の焼き物、盛り付け…に住、法隆寺に身余堂…に絵画、ユトリロ、モネ、荻須に藤田嗣治…音楽、バイオリンにピアノの音色…美しい詩、詞…所作、立居振舞いetc…何事にも美を追及する。
私は後輩や若手にこの数年、良く話すのだが女性は化粧をし御洒落をして姿形を整え着飾れば美しいが男は残念ながら歌舞伎の女形でもないかぎり行動や生き方にしか美しさはないんだと…
我が師父が先日、何かで書いていたが粋とは米を十分の九と書く。
茶碗に盛られた米をお腹が減っていても九しか食さず一を残す瘦せ我慢が粋であり日本男児であり、美しいんだと…
煩悩や我欲のままに生きるのではその辺の動物と同じで美しさはない。
すなわち、お腹が減っているからって、最後の一粒まで食べてしまうのは野暮。少し残すのが粋なのだ。
寒いからと言って着ぶくれするのは野暮で木枯しに震えながらも寒くなんかねえよと平然と笑ってみせるのが粋というもので、言葉を変えれば心意気となる。
悲しいから泣く、嬉しいから喜び笑う、痛いからキャンと泣くのは犬猫のすることであって、それではみっともないという矜持ーすなわち誇りが江戸時代から粋という美学に昇華したのだ。
ところが現在の価値観はこうした粋を否定する。
感情をストレートに表す事を人間らしいとする。
悲しかったら泣き、可笑しかったら笑う。
自分が損することからは逃げ、得することにはモミ手ですり寄って行く。
そういう生き方でいいのかと若者に問えば、瘦せ我慢なんかしても、意味がないじゃありませんかと…
欲求に忠実であることを善としつつ自分に正直に生きたいと一点の疑いもなく臆面なしに言う。
誰が言い出したのか、自分に正直という言葉が大手を振って歩いている。さも素晴らしい価値観のように喧伝されているが、自分に正直とは犬や猫と同じということであり、そこには男としてのプライドは微塵も存在しない。
哲学者、故・九鬼周造は著書「いきの構造」において「いき」を日本独自の美意識と位置ずけている。すなわち、瘦せ我慢を美意識にまで昇華させたところに日本人の精神性の高さが窺える。
ところが現在の我が國を観てみればどうか、外交においては中国、畜米に右顧左眄し、国内政治においては、保身と延命のために二枚舌、三枚舌を平然とつかう。
粋という気位や矜持はないのであろうか。
政治屋、事業屋、役人、商売人の前に日本男児ではないのか。ならば日本男児としての美意識だけは持っておくべきだろうと思うのだが…

金銭欲に物欲に権力欲に性欲etc
欲望のまま生きる事は美しくないのだ。
かくいう私自身、人生の大半、長きに渡り我欲のまま醜い生き方をしてきた。
やましさも後ろめたさもないではない人生を歩いてきた。
凡百以下の私などは生き方の美しさなどに気が付くのは普通の人より十年も二十年も遅かった。
故にせめて気付いてから後は綺麗事だけで生き、美しく在りたいと思っては来た。
昔を知る人たちに嘲笑され遅きに失しているのも十二分に分かってはいるが残る人生、美しくなりたく、美しく在りたく、美しく死にたく思う。
着飾り化粧で美しくなるのは女性だけの特権であっていいのではないかと思う昨今

四季うつろいゆく山紫水明麗しき我が日の本の國の美はサンフランシスコやニューヨークに植樹された仰々しいばかりの、これ見よがしの桜ではなく、夕陽の沈みゆく人工のマイアミビーチでもなく生駒の山奥の一本の山桜、深山桜の数少ない散りゆく花びらであり、出雲の海、水平線に沈みゆく夕陽、利休の言う一輪の花の侘び寂びに美しさを観るのかも知れない。
かの小林秀雄は美しい花はあるが花に美しさなどないと痛烈に喝破していたが、何ごとにも美しさはあるのではないのだろうか…
美しい生き方、生き方の美しさ

残り少ない美しき俳優、高倉健さんの美しいであろう映画「あなたへ」を早く心して観たく思ふ卯月

平成の維新の志士たちにも我欲を持たずして美しかった幕末の志士のように美しくあって欲しいと願ふ。

卯の花のにおう畑の畦道を母に手引かれし消えぬぬくもり

大空に散りにし人を思ふ日は我こそ知覧覚悟してゆく

なるかみの音もせぬよの春の日に散りゆく花こそ美しきかな


一年余りを経ても尚、東北に降る雨は染まりて冷たい。
東北、福島に日本ならではの情緒と美しさ、そして人々に本当の笑顔が戻るのはいつの事だろうか。


それでも三春の千年滝桜は今年も美しく咲き誇る
美しい東北のために…

三島は美は一度限りであると論じたが我が日の本の國においては永遠なのだ。
悠久の美…

渾身の祈りありけり滝桜
 

敷島の大和心を人問わば朝日に匂ふ山桜花

 投稿者:澄泉水  投稿日:2012年 4月 4日(水)21時00分22秒
返信・引用
  出会いと別れの季、桜咲くの頃いかがお過ごしでしょうか。
長い寒さからようやく解放され桜開花の知らせが届いた途端のその桜を散らす無情、無常の春の嵐…
花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生さ、井伏鱒二の漢詩の名訳が頭によぎる。
それにしても昨年の3.11以後、天変地異のいかに多いことか。
ほんの少し前まで泰平の世を謳歌し貪ってきた我々の世代には容易ならざる自然の脅威を改めて知らされ、ほとんど無抵抗に手をこまねいているだけの自身に不甲斐なさと苛立ちを覚え忸怩たる思いにかられる。
まさに天の怒りに地の叫び、アメリカに毒され経済至上主義に走り経済大国と言われた国の末路がこれなのだ。
先の大東亜戦争の敗北以来、連合軍の占領という精神的苦痛、苦渋を味合わせられ我が國の存在、歴史、すべてを否定され体制が解体された亡国の淵でGHQによって作られた国家としての体を成さない法を我々はいつまで背負わされるのか。
憲法九条、皇室典範、教育基本法…etc…
歴史にて習うも我が國を全否定した心魂なき史実だけを並べた史であり大東亜戦争戦勝者の史観。

知覧はじめ各地より散った私達の先達はこんな節操のない物質文化を望んだのだろうか。
歴史も伝統も文化も持たぬアメリカの如き雑種国に心魂まで毒され奪われ…
大東亜戦争の末期に発案された神風特別攻撃隊はとかく議論され否定されてきたが、あの異国人には信じ難い命を賭した攻撃によってポツダムの条件が大きく我が國に与し亡国に及ばなかった事は報じられない。

国家存在の根幹である外交の中心であるべきはずの防衛大臣に防衛、国防を知らぬ議員が任命され、又、廉恥の心もなくそれを苛めっ子の如く質疑する野党自民党議員、国会はクイズ番組ではないのだ。
思わず観ているこちらの方が顔を赤らめてしまう。
もっとも最近の政治屋は国会よりもテレビ番組に出演するのが本業のようで政治屋の顔を観ると辟易するのは私だけだろうか。
挙げ句女系、男系の違いさえ分からぬ大臣が皇室問題を取り上げる。あまつさえ有識者の名の元に一ジャーナリストであるはずの田原総一郎氏に意見を求める愚かさ。
天皇は権威であり天皇制は世界に類を見ない制度なのだ。それを一時代の有識者ごときが軽々に論じたり語るものではなかろう。
大御心が悠久であるとともに男系も悠久のものなのだ。
一時代の人間が変えようとする事など畏れ多いことで天誅を受くべき行為なのだ。
野田総理も藤村官房長官も天罰を受けぬ間に早々に打ち切るべしと…
そもそもにして民主党は公約していた消費増税を不退転の覚悟で成すと曰わっていること自体が変節極まる変節漢ではないか。
して消費増税を標榜し成そうとしてきた自民党が反対し、公約を守らんとする小沢先生を切るなら手を組むなどと矛盾を越えた意味不明を言い出す始末で、そんな既存の国政党、政治屋にうんざりした民が橋下維新を推して期待するのだろうが果たしてそれもいかがなものか。
政治家としての資質もやる気も覇気もそなわってはいるが四ヶ月程前までは大阪市、大阪府を変える、大阪都を創ると言っていたのが、法を変えねばならないからでは詭弁の域を出ないだろう?
もっとも昨年末のダブル選挙までは反維新、反橋下で組んでいた民主、自民が揉み手で擦り寄り国政の要の政治家がこぞって秋波を送る、逆だろうが…
選挙前から支持していたのは石原慎太郎都知事に亀井静香さん、それに同じ堺屋太一氏が生みの親であるみんなの党と少しだろ?
橋下維新も錯覚してしまっても仕方ない状況ではあるけど、此処までくりゃ政策も何も単なるブームだろ。
政治は勢いとは言うけど地方自治しか視野に入れてなかった維新の会が外交やTPP、国の財政をって私でなくとも首を傾げるはずだけどね。
まずは大阪を良く変えてからでないと安易に納得、応援できるはずない。
まして維新の会と言っても玉石混交、橋下市長や松井知事みたいに志をそれなりに持って本気の人間なんてどれほどいるのか疑問だし…
虎の威を借るブーム人間も少なくない訳だから余程しっかりした試金石がなけりゃ此処からの一歩は難しいはずと私個人は思うんだが…
先般、開講した維新塾にして講師サイドが壇上で「議員になりたい人、手を挙げて」「第二の橋下徹になりたい人、手を挙げて」って…AKBじゃないんだから、そこまで軽くちゃ信用出来ない。
知事や市長のやる気、本気は分かるけど他のサークル擬きの人達、それも数年前までは政治に関心もなかった連中が市議や府議だけでなく国政にって…国会議員の歳費は勿論、市議、府議も録を食んでるんだから幾ら新しい風、血といっても政策も分からない昨日今日、政治屋に成りたくなった人間にそれはないだろうと…
維新もAKBも群集心理の生み出したブームに他ならないてより、せめてそうであって欲しいと、それでなきゃ日本は本当に滅びてしまう。
長いものに巻かれる、変な風潮があるから、せめても反体制、反権力ありたいと思う。

神武以来の我が國、日の本の國は先の大戦の特攻隊員と同じく、己が滅びても日の本の國さえが残れば必ず再生し復興するのだと言ふ悠久の信条、信義を持ってして幾度の危機や苦難を乗り越え我が國を存在させてきたのだ。


歴史も伝統も文化も存在しない雑種国にいつまで世界を愚弄させるのか。
世界の警察を自称する雑国アメリカが大東亜戦争以後にしてきたことは何なのか。
第一次大戦以後、先進、イギリス、フランス、スペインetcの植民地政策を否定し民族自決主義を唱えた畜米のしてきた事は何なのか、独立の名の下に属国化、隷属化させ経済的搾取を繰り返しただけではないのか。
我が大和民族より高い精神性の心魂を奪い取り経済を成長させたと思えば自国畜米国が経済危機に陥るや為替を巧みに操作し、不動産から絵画に至るまで日本に高値で買わせた挙げ句、下落誘導し、買い戻す。
我々の一世代上の先達が焼野原から謹厳実直、勤勉をして成し遂げた高度成長時代の富は何処にいったのか。
プライムローン然り…
畜米を成り立たせているのは我が國の勤勉な労働なのだ。
その畜米に媚びを売り機嫌を伺う国賊、与党民主の閣僚
同じく民を思わぬこれまた国賊、東電の再稼動を容認しようとする民主の閣僚
フクシマさえ未だ底さえ観えぬ現在、今の時のこの再稼動
昭和三十五年、岸信介先生の安保改定時の若い世代のエネルギー、事の是非はともかく若い世代は怒り、そのエネルギーは間違いなくあった。
国益や事の是非を論じているのは政治屋を始めとする官僚、財界関係者ばかりではないか。
産業一つ、畜米にならって生産的な事をせずに、いかに楽をして金を稼ぐに変わってしまった。
教育も同様、精神性を教えることなく、知識を詰め込む。知識は金を儲けるがためのもの、人として本当に必要な礼信義智なるものを教えなくなった。
人と譲り合う心、礼さえ、まともに出来ぬまま成人して行く若者が増えた。
あっちを向いてもこっちを向いても我が我が、俺が俺が、私が私がの自己主張だらけの畜米擬き人間のいかに多くなったことか。
困った人を見ても知らん顔、道端で倒れてる人を見ても行きすぎる人たち。
昨日、知り合い意気投合してると横で観てると半年後には忘れてる軽薄さ、大宅壮一か誰が言ったか一億総白痴化に浅い表層上の交際、はてはインターネットで知り合うと言ふ我々には俄かに信じ難い交遊、交際…
ホント、パソコンと一部屋さえあれば友人も彼女も要らないって人種よりはマシではあるけれど世の中、一体どうなってしまったのかね。
すべてが畜米に汚染されてしまった現在の我が國、そろそろアメリカの属国いや占領下から真の独立をせねば亡国の道しかない。

大和民族ほどの高い精神性を持つ民族はないのだ。
我が大和民族はいつの時代も独自の素晴らしく優れた民族の触覚、バランス感覚で中庸を保ちギリギリの所で踏みとどまり存在してきたのだ。
偶然と思える必然が我が日の本の國を永く支え幾度も助けてきた。
その絶妙のバランス感覚を保つ為の民族の触覚、それはいにしえの貴族であり、戦国大名、江戸末期の大商人や将軍側近、老中、大老、明治から昭和にかけての財閥や国益を損なう政治家、君側の奸らに向けられ成された無数の健全なテロが健全に機能し民の湧き出る本物の世論が働き中庸を保ち存在してきたんだと…
私は右翼でも民族派でもないただの素浪人で三島イズムを唱えるではないが昭和の佐藤義清、西行の美を継承し美しい文章を遺し己自身をテロ、我が國の在り方を問題提起、世に問うた義挙の思いには激しく揺さぶられずにはおれない。
三島はテロを肯定し、その矛先を己自身に向けたのだ。
三島が憂い案じた市ヶ谷の決起のあの日より四十年余り、日本は亡国への道をひた走っているのに砂漠のダチョウよろしく人誰もが目を外らし今を生きている。
日本人は卑怯に卑しくなってしまったのだ。

最近は風圧を感ずる人が本当に少なくなった。
クリーンクリーンの大合唱で清濁併せ飲める懐の深い人物が政界にも財界にもいなくなってしまった。



半世紀近く前、私がまだ小学校の低学年だった頃、伊達家の御家騒動を山本周五郎氏が書いた「樅の木は残った」と言ふ大河ドラマがあり、亡き母の横でいつも観せられていた私は幼いながら主人公 原田甲斐に日本人の美しさを身体じゅうで感じ、感動した。

今の時代に甲斐のような無私の人物を望むべくもないが心の奥底に灯る甲斐の思いに憧憬、瞠目すばかりである。

曇りなき心の月を先だてて浮世の闇を照らしてぞ行く                     伊達政宗公辞世

伊達者は外見を着飾るのでなく見えない所でこそ心配りをし見えない所でこそ努力する。内なる心の美が外見すなわち表に光として表る。


若人よ伊達の心で此の道をゆけとぞ願ふうのはなつきよ

日の本は神のつくりし國なれば神風ふきて桜の香ぞする

敷島の大和の國に春嵐ふく草莽の此の道ぞゆく

大君のそくさい祈らむ春のよの嵐すぎゆき空晴れわたる

東北の海辺では一年を過ぎた今も数体の遺体が揚がると仄聞し何をも出来ぬ身を本当に申し訳なく思ふ。
東北の地に真実の笑みが戻るのはいつの日であろうか…
 

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