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> No.270[元記事へ]
隆蓮房さんへのお返事です。
親愛なる隆蓮房さま
> もしかして・・・・・元ヤン?
> 「夜露死苦!」を連想してしまいました。
暴走族の場合、日本語を漢字に音写したんですが、鳩摩羅什の場合はサンスクリット語を漢字に音写しました。で、私は国際語と言うべき某自動車メーカー名を漢字に音写しました。音写という点では同じですね。
迷いが深いと、傾向として暗黒想念に傾くので死とか苦という漢字を選ぶことになります。
若者は無知のゆえに、色々悩み苦しむので、どうしても暗黒想念に取り憑かれ勝ちです。
往々にして暴走行為に走ることもあるでしょうが、いくら暴れても孫悟空が釈迦の手のひらで飛び回っているようなもので、やがて力尽きて疲れ果てると自分の本地に気が付くことになります。
日本仏教のテキスト経典は鳩摩羅什訳で伝わってきたので、鳩摩羅什の意訳もそのまま受け入れて来ました。
大乗空観を色即是空空即是色と訳したのも彼のセンスであった。今や、日本の仏教徒の潜在意識にすっかり馴染んでいますね。
と言うことで、私が菩とか瑠という漢字を当てたのは、心が光明化されているからであるか、そういう振りをしたいからであると言えます。
それと、子供が生まれるということは、輪廻転生を信ずるならば、誰かがどこかで死んで、新しい肉体を得てそこに誕生したということになりますね。
誕生してきた我が子をみて、受精以来10ヶ月も胎内で育ったので、母親としては自分の分身として愛着を持って迎えるので、自分以外の誰とも因縁を持っていて欲しくはない訳で、前世でどこの何某であるということなど知りたくもないでしょうね。
でも長ずるに従って、子供は親とは全く別の人格を現すに至るので、子は親離れし、親は子離れをし、人生の孤独を諦観し、同行二人と言うような心境に至るしかない。
最近の我が近辺の生と死を眺めていると、輪廻転生している同一の魂と考えられるような人がいますが、何にも物的証拠がないので、そのように妄想するだけです。
隆蓮房さまも、私の知っている明治生まれの誰かの生まれ変わりかもしれない。
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